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銭湯・奥の細道 (東北と全国の銭湯巡り)

東北を中心に、全国の銭湯・スーパー銭湯・日帰り温泉・サウナ・共同浴場を紹介します!

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『ボンタン湯』とは何か??全国の銭湯500軒で開催♨阿久根市ぼんたん♨

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2024年も、全国の銭湯の約350軒で、ボンタン湯開催決定!!  
 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
 2024年 ボンタン湯 開催銭湯 マップ&一覧 


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上記のポスターを見た方中心に、SNS等で「ボンタン?」「ボンタンアメの湯?」「入浴剤?」と
ちょっと話題になり始めてますね。

ボンタン湯とは???
鹿児島県阿久根市特産の大きな柑橘「ぼんたん」を
銭湯の湯船に浮かべて楽しむ♨という日本最大規模の銭湯イベントです。
参加銭湯は、南は九州・鹿児島から、北は北海道まで!最大で550軒以上!!


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ゆず湯みたいなもの??たかがミカン風呂だろ、と思ったそこのあなた!
銭湯の大きな湯船にプカプカ浮かんだ大きな“ぼんたん”
プカプカ転がしたり沈めたり浮かんだり、想像以上に楽しいです!!!
そして、そのやわらかい柑橘の香り!!!
実際に触られる面白さでは、ゆず湯より上かも!?
(皮が厚いので、お客さんが大事扱ってくれれば、ネットを使わず湯船に入れても2・3日は持ちます。)


自然豊かな鹿児島県阿久根市の名産大きな「ぼんたん」
九州以外ではあまりなじみのない果実だと思いますが、
別名文旦・ざぼん・ジャボンなどの様々な呼び方があり、土佐文旦や晩白柚、河内晩柑などの品種があります。
阿久根のぼんたんは、鹿児島銘菓「ボンタンアメ」の原料でもあります。

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最盛期は阿久根市内に550世帯あったぼんたん農家も、需要や価格低下、後継者不足で年々生産者が減り、
現在市内のぼんたん農家は30軒、そのうち後継者がいる農家はわずか4軒になってしまいました。
農家は高齢の方が非常に多く、このまま行くと将来「阿久根のぼんたん」は生産者がいなくなり消滅する可能性もあります。
そこで立ち上がったのが
阿久根市のぼんたん農家後継者と山田さん達で結成された「ボンタンプロジェクト」でした。
ぼんたんの可能性を探り、研修や商品研究・イベント等を行ってきました。その1つが今回の「ボンタン湯」です。


ボンタン湯のポスター 48340050_2106474109573240_6383973976422481920_n.jpg

第1回2017年に鹿児島市内の銭湯10軒で初めて行われた「ボンタン湯」。

2018年、当サイト管理人の所に大阪住吉の朝日温泉さんから「大きい柑橘浮かべた風呂やりたいんだけど頼める農家さんいる?」と電話がかかってきたのきっかけに、鹿児島県浴場組合さんに「ボンタンプロジェクト」を紹介してもらいました。
それが大阪の銭湯と鹿児島阿久根が繋がって、第2回目は大阪の銭湯7軒も加わって実施しました。
 →第2回2018年「ボンタン湯」
第3回2019年は、ボンタンアメのセイカ食品、鹿児島県浴場組合、住吉朝日温泉はじめとしたFor湯や大阪府浴場組合、銭湯盛り上げた~いの荒木さん、東京都浴場組合、全国の銭湯の協力により、
一気に参加銭湯は全国そして400軒を超えて大きく広がりました!!この劇的な広がりは、関係者全員驚きました。
 →第3回2019年ボンタン湯
第4回2020年
前年に引き続き、全国の銭湯と関係各所の協力により実現。
入浴された方やあのポスターを見た方からも大きく話題になり
読売新聞、毎日新聞、全国浴場新聞、関西テレビ、ラジオ関西、またヤフーニュースのトップにも取上げていただき、
最終的に全国の銭湯(北は東北から南は鹿児島まで)571軒が参加し、全国最大級の銭湯イベントとなりました。

2021年は、第5回目の開催になりました。
コロナ禍での開催になりましたが、全国の銭湯と関係各所の協力により実現。
感染予防対策をしながら、全国400軒を越える銭湯で開催。
 →第5回2021年「ボンタン湯」
2022年、第6回目
参加銭湯は、全国で約450軒!!
北海道、東北、関東、中部、関西、中国、四国、九州各地の銭湯で実施。
史上初めて(?!)、北海道から鹿児島まで全国の銭湯が参加するイベントに。
 →第6回2022年「ボンタン湯」

2023年、第7回目 参加銭湯は、全国で約450軒!!
この年も、北海道、東北、関東、中部、関西、中国、四国、九州各地の銭湯で実施。
 →第7回2023年「ボンタン湯」

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2020年1月、鹿児島阿久根に飛んで、自分の銭湯に入れるぼんたんを自ら出荷する大阪の銭湯経営者さん♨

「銭湯」と「ぼんたん農家」という完全異業種でのコラボ。
共に軒数の減少、利用者減、後継者不足等々の似た問題を抱えた両者が
タッグを組んだ今回の「ボンタン湯♨」


ともに斜陽産業と言われる「銭湯」も「ぼんたん」も、まだまだやり方次第で、大きな可能性があることを感じています。
こうした地方発のイベントが全国の銭湯に広がった事、
「ボンタン」という未知の物に挑む(笑)銭湯同士の横のつながりも生まれた事、
お客さんも銭湯側も喜んでもらえるイベントになったの事は、素直にうれしく思います。
こうしたプロジェクトに微力ながらお手伝いできて良かったです。

「ボンタン湯」で全国に少しでも明るい話題が届けられるように
一人でも多くの人に元気を与えられるように
阿久根のボンタン農家の方々は、収穫や袋詰め・発送作業を愛情こめて頑張っております。

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今年は全国の銭湯で開催なので、ご家族・お友達、銭湯仲間をお誘いの上、近くの銭湯へ。
阿久根のボンタン農家さんが大事に育てたボンタン、優しく扱って楽しんでくださいね。

ボンタン湯に入ろう!!♨♨


写真提供:ボンタンプロジェクト






◎2024年 ボンタン湯 開催銭湯マップ




◎2024年 ボンタン湯 開催銭湯 一覧リスト

<東京都>  <千葉県>
<石川県>  <愛知県>
<大阪府>  <兵庫県>  <京都府>
<徳島県>  <山口県>  
<熊本県>  <鹿児島県>





◎東京都

〇品川区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2024年 2月18日 (日)前後】

吹上湯
北品川温泉天神湯
宮城湯
松の湯
高松湯
金春湯
水神湯
末広湯
東京浴場
みどり湯
ピース湯
武蔵小山温泉清水湯
東京浴場
戸越銀座温泉
中延温泉松の湯
星の湯
富士見湯
八幡湯
錦湯
新生湯
中延記念湯
大盛湯


〇江東区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2月上旬】

白山湯


〇文京区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2024年 2月18日 前後】

大黒湯
豊川浴泉
白山浴場
ふくの湯


〇葛飾区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2024年 2月18日 (日)前後】

竹の湯
アクアガーデン栄湯
寿湯
富の湯
成弘湯
アクアドルフィンランド
喜久の湯
末広湯
興和浴場
湯パーク松島
金町湯
栄湯
富士の湯
ゆートピア21
第一日立湯
日の出湯
日の出湯
富士の湯
寿湯
吉の湯
美吉湯
さつき湯
草津湯
第四富士の湯


〇大田区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2024年2月中旬
それぞれの銭湯で違うので、開催日は銭湯でご確認ください。】


竹の湯
重の湯
宝湯
幸の湯
観音湯
新呑川湯
蒲田福の湯
ゆ~シティー蒲田
寿湯
蒲田温泉
大正湯
改正湯
はすぬま温泉
天神湯
第一相模湯
NU-LANDさがみゆ
照の湯
太平湯
第五相模湯
草津湯
都湯
天狗湯
大森湯
あたり湯
桜館
久が原湯
八幡浴場
COCOFURO ますの湯
第二栗の湯
明神湯
調布弁天湯


〇中野区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2024年 2月25日 (日)前後】

天神湯
健康浴泉
アクア東中野
松本湯
照の湯
高砂湯
昭和浴場
クラブ湯
大黒湯
清春湯
月の湯
たからゆ
昭和湯
上越泉
大和湯
中野寿湯温泉
新越泉
一の湯
江古田湯


〇杉並区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2024年 3月上旬】


弁天湯
香藤湯
なみのゆ
小杉湯
玉の湯
天徳泉
杉並湯
ゆ家和ごころ 吉の湯
桜湯
第二宝湯
井草湯
秀の湯
文化湯
天狗湯
GOKURAKUYA
湯の楽代田橋
大黒湯


〇荒川区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2024年 1月2日 前後】

藤の湯 (荒川区)


〇世田谷区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2024年 1月21日(日) 前後】

八幡湯
駒の湯
弘善湯
富士見湯
世田谷温泉 四季の湯
鶴の湯
石川湯
宇田川湯
月見湯温泉
山崎湯
新寿湯
北沢湯
増穂湯
丸正浴場
湯パークレビランド
松の湯
藤の湯


〇台東区の銭湯

【ボンタン湯、開催予定日 2024年 1月28日 前後】
弁天湯
帝国湯
鶴の湯(浅草橋)
三筋湯
日の出湯
湯どんぶり栄湯
曙湯
アクアプレイス旭
鶴の湯(浅草)
堤柳泉
富士の湯

燕湯
寿湯
ひだまりの泉 萩の湯
宝泉湯
富久の湯
有馬湯
改栄湯
朝日湯




◎千葉県

〇松戸市

【ボンタン湯、開催予定日 2024年1月上旬】
平和湯ランド
小金バスランド
松戸ヘルスランド
宮前湯

〇柏市
【♨ボンタン湯、開催予定日 12月22日】
リフレッシュプラザ柏




◎石川県

〇金沢市の銭湯


【♨ボンタン湯、開催予定日 2024年 2/25(日)前後】
pocapoca諸江の湯 (石川県)




◎愛知県

〇名古屋市の銭湯

【ボンタン湯、開催予定日】
八千代湯
2月3・4日 (土日)前後

七福湯
2月3・4日 (土日)前後

比良温泉
2月3・4日 (土日)前後

大黒湯
2月9・10日 (金土)前後

長喜温泉
2月10・11日 (土日)前後

萩の湯
2月10・11日 (土日)前後

白山温泉
2月10・11・12日 (土日祝)前後

ぽかぽか温泉 新守山乃湯
2/10・11・12(土日祝)前後

平田温泉
2月17・18日 (土日)前後


〇津島市の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/3・4(土日)前後】
池須温泉

〇春日井市の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/2(金) 前後】
春日井温泉

〇瀬戸市の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/3・4(土日) 前後】
清水温泉




◎大阪府
ボンタン湯、開催予定日 2024年 2月6日(火)前後

〇大阪市の銭湯


〇西淀川区

野里の湯
八丁温泉
丸 の 湯
小 春 湯
住吉温泉
ヘルシーバス松の湯
錦 湯

〇淀川区
三津屋温泉
宝 湯
北中島温泉

〇東淀川区
昭 和 湯
新菊水温泉
引 江 湯
新庄温泉
銀 水 湯
三 宝 湯

〇都島区
ゆーでるらんど都

〇旭区
神徳温泉

〇城東区・鶴見区
しきしま温泉
寿温泉
ユートピア白玉温泉
新宮温泉
新朝日温泉
七福温泉

〇福島区
龍美温泉
八坂温泉
宝 栄 湯
栄 湯
日之出温泉

〇浪速区
ラジウム温泉
金比羅温泉

〇東成区
大 栄 湯
八 阪 湯
生駒温泉
白鶴温泉
鹿 島 湯
余喜温泉

〇生野区
矢柄温泉
福徳温泉
出世湯
めがね温泉
敷島湯
天竜湯
田島新温泉

〇西成区
入船温泉
日之出湯

〇阿倍野区
入船温泉
湯処あべの橋

〇住吉区・住之江区
朝日温泉
姫松温泉
辰巳温泉

〇東住吉区
つるが丘温泉

〇平野区
松竹温泉
たちばな温泉
戎 湯
桐壷温泉
橘 湯
末広温泉
おーごん湯
新美濃温泉
瓜破温泉




【ボンタン湯、開催予定日 2024年 2月6日 (火)前後】

〇池田市
城南温泉
平和温泉
五 月 湯
共栄温泉

〇守口市
新大庭温泉
日の本湯
新 町 湯
宝来温泉

〇寝屋川市
成田温泉
勝 温 泉
新町温泉
昭栄温泉

〇門真市
巣本温泉
梅月温泉

〇四条畷市
皆様温泉

〇大東市
宮方温泉
扇 温 泉

〇東大阪市
永 和 湯

〇柏原市
新柏原温泉
中央温泉

〇泉佐野市
なごみ湯
羽倉崎温泉

〇泉大津市
松之浜温泉
濱之湯温泉(株)

〇高石市
美津和温泉

〇和泉市
有楽温泉
ラジューム温





◎兵庫県

〇神戸市の銭湯
ボンタン湯、開催予定日 2024年 2月3日~6日 前後】

湯あそびひろば 森温泉
ときわ湯
幸福温泉
灘温泉六甲道店
湯あそびひろば 六甲おとめ塚温泉
ふじ温泉
湯あそびひろば 芦原温泉
ゆうゆうらんど紀の国
湯あそびひろば ゆぇ~ぶ・なぐら
宮島温泉
菊水温泉
本庄湯
萬歳湯
扇港湯
あさぎり湯
浜添湯
鶴の湯




◎京都府

〇京都市の銭湯

【ボンタン湯、開催予定日 2024年 2月26日(月) 前後】


むらさき湯
大徳寺温泉
門前温泉
龍宮温泉
松葉湯
山城温泉
長者湯
京都玉の湯
初音湯
小町湯
船戸湯
旭湯(南)
洛陽湯
栄盛湯
鴨川湯
銀座湯
東山湯温泉
鈴成湯
平安湯




◎徳島県

〇徳島市の銭湯


とくしま銭湯 昭和湯
【ボンタン湯、開催予定日 2024年 2月6日(火)前後】






◎山口県

〇光市の銭湯


ゆーぱーく光
2023年 12/21前後




◎熊本県 

総合交流ターミナルさんふれあ (熊本県菊陽町)
♨ボンタン湯、開催予定日 2/4(日)前後




◎鹿児島県 

〇阿久根市の銭湯

きみよし温泉 
【開催中~シーズンオフまで】


〇鹿児島市の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2024年 2月6日(月)前後 開催】

芦刈温泉  2月6日
一本桜温泉センター  2月6・7日
温泉お乃湯  2月6・7日
かいせい乃湯  2月4・5・6日
鹿児島温泉時之栖  2月6日
かごっま温泉  2月6・7・8日
亀乃湯  2月3・4・6日
霧島温泉  2月3・4・5日
渓谷苑  2月4・6日
郡元温泉  2月4・5・6日
慈眼寺温泉  2月6日
新川温泉  2月6・7日
新とそ温泉  2月6日
大黒温泉  2月6・7日
太陽ヘルスセンター  2月6日
武岡温泉  2月5・6日
中山温泉  2月5・6日
轟温泉  2月3・4日
温泉錦湯  2月6・7日
福助温泉  2月6日
みずほ温泉  2月3・4日
みどり温泉  2月6・7日
みやこ温泉  2月6日
薬師温泉  2月5・6・7日
湯の川温泉  2月3・4日
吉野温泉  2月6日

ホテルニューニシノ 
2月24日(土) 開催

〇霧島市 
城山温泉
2月3・4・5・6日 開催
国分温泉
2月6・7日 開催

〇南九州市
鏡石湯
2月5・6日 開催

〇薩摩川内市 
温泉平佐城
2月11日 開催






◎2023年 ボンタン湯 開催銭湯マップ




◎2023年 ボンタン湯 開催銭湯 一覧リスト

<北海道>  <宮城県>  
<千葉県>  <東京都>
<石川県>  <富山県>  <愛知県>
<大阪府>  <兵庫県>  <京都府>
<徳島県>  <山口県>  
<大分県>  <鹿児島県>





◎北海道

〇旭川市の銭湯
フタバ湯 【ボンタン湯、開催予定日 2/4(土)前後】





◎宮城県

〇気仙沼市の銭湯

友の湯 【ボンタン湯、開催予定日】
2月25日~1ヵ月ほど予定。




◎千葉県

〇松戸市

ボンタン湯、開催予定日 1/8(日)、9(月祝)
平和湯ランド
小金バスランド
松戸ヘルスランド
馬橋湯
宮前湯

〇柏市
リフレッシュプラザ柏
【♨ボンタン湯、開催予定日 12月22日】





◎東京都

〇杉並区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/26(日)前後】


弁天湯
香藤湯
なみのゆ
小杉湯
玉の湯
天徳泉
杉並湯
ゆ家和ごころ 吉の湯
桜湯
第二宝湯
井草湯
秀の湯
文化湯
天狗湯
GOKURAKUYA
湯の楽代田橋
大黒湯

〇立川市の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/26(日)前後】


高砂湯
美保湯
松見湯
梅の湯


〇国立市の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/26(日)前後】


鳩の湯


〇東大和市の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/26(日)前後】


富士見湯健康セント―
神明湯


〇武蔵村山市の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/26(日)前後】

砂川湯


〇昭島市の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/26(日)前後】


三光湯
昭和湯
富士見湯


〇小金井市の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/26(日)前後】


ぬくい湯


〇国分寺市の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/26(日)前後】

桃の湯


〇府中市の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/26(日)前後】

旭湯
曙湯
桜湯
松の湯
藤の湯


〇調布市の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/26(日)前後】


鶴の湯
神代湯
梅の湯
湯の森 深大湯


〇柏江市の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/26(日)前後】


富の湯
狛江湯
お湯どころ野川

〇大田区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日
それぞれの銭湯で違うので、開催日は銭湯でご確認ください。】


竹の湯
重の湯
宝湯
幸の湯
観音湯
新呑川湯
蒲田福の湯
ゆ~シティー蒲田
寿湯
蒲田温泉
大正湯
改正湯
はすぬま温泉
天神湯
第一相模湯
NU-LANDさがみゆ
照の湯
太平湯
第五相模湯
草津湯
新田浴場
都湯
天狗湯
大森湯
あたり湯
桜館
久が原湯
八幡浴場
COCOFURO ますの湯
第二栗の湯
明神湯
調布弁天湯

〇荒川区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 1月2日 前後】

開催済/藤の湯 (荒川区)


〇台東区の銭湯

【ボンタン湯、開催予定日 2/4(土)前後】
弁天湯
帝国湯
鶴の湯(浅草橋)
三筋湯
日の出湯
湯どんぶり栄湯
曙湯
アクアプレイス旭
鶴の湯(浅草)
堤柳泉
富士の湯

【ボンタン湯、開催予定日 2/5(日)前後】
燕湯
寿湯
ひだまりの泉 萩の湯
宝泉湯
富久の湯
有馬湯
改栄湯
朝日湯


〇中野区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/5(日)前後】

天神湯
健康浴泉
アクア東中野
松本湯
照の湯
高砂湯
昭和浴場
クラブ湯
大黒湯
清春湯
月の湯
たからゆ
昭和湯
上越泉
大和湯
中野寿湯温泉
新越泉
一の湯
江古田湯


〇世田谷区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/5(日)前後】

八幡湯
駒の湯
弘善湯
富士見湯
世田谷温泉 四季の湯
鶴の湯
石川湯
宇田川湯
松原湯
月見湯温泉
山崎湯
新寿湯
北沢湯
増穂湯
丸正浴場
湯パークレビランド
そしがや温泉21
給田湯
松の湯
藤の湯
栄湯


〇北区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/5(日)前後】

えびす湯
鶴の湯
飛鳥山温泉
滝野川浴場
稲荷湯
クアパレスゆうゆう
大黒湯
松の湯
豊島湯
宝泉湯
金星湯
藤ランド
柳湯
十條湯
岩の湯
お玉湯
富士の湯
藤の湯
平和湯
HOTランドみどり湯
テルメ末広
露天風呂ゆの花


〇品川区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/5(日)前後】

吹上湯
北品川温泉天神湯
宮城湯
松の湯
高松湯
金春湯
水神湯
末広湯
東京浴場
みどり湯
ピース湯
武蔵小山温泉清水湯
東京浴場
戸越銀座温泉
中延温泉松の湯
星の湯
富士見湯
八幡湯
錦湯
新生湯
中延記念湯
大盛湯


〇新宿区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/6(月)前後】

栄湯
福の湯
ゆ~ザ中井
三の輪湯
松の湯
世界湯
柏湯
金泉湯
万年湯
金沢浴場
東宝湯
弁天湯
大星湯
塩湯
柳湯
鶴巻湯
竹の湯
第三玉の湯
熱海湯

〇江東区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2月上旬】

白山湯

〇文京区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/18(土)19(日)前後】

大黒湯
豊川浴泉
白山浴場
ふくの湯

〇豊島区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/19(日)前後】

湯~ゆランドあずま
妙法湯
五色湯
健康ランド末広湯
小松湯
稲荷湯
ゆラックス
平和湯
前田湯
宮下湯
巣鴨湯
やすらぎの湯 ニュー椿
大塚記念湯
香取湯
えびす湯


〇葛飾区の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/19(日)前後】

竹の湯
アクアガーデン栄湯
寿湯
富の湯
成弘湯
アクアドルフィンランド
喜久の湯
末広湯
興和浴場
湯パーク松島
金町湯
栄湯
富士の湯
ゆートピア21
第一日立湯
日の出湯
日の出湯
富士の湯
寿湯
吉の湯
美吉湯
さつき湯
草津湯
第四富士の湯



◎石川県

〇金沢市の銭湯

金城温泉元湯  【ボンタン湯、開催予定日 2/11(土)前後】





◎富山県

〇富山市の銭湯

立山鉱泉 【ボンタン湯、開催予定日 2/5(日)前後】





◎愛知県

〇名古屋市の銭湯

【ボンタン湯、開催予定日 2/4・5(土日)前後】
平田温泉
七福湯
八千代湯
比良温泉
白山温泉

【ボンタン湯、開催予定日 2/11・12(土日)前後】
ぽかぽか温泉 新守山乃湯
大黒湯


〇津島市の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/4・5(土日)前後】

池須温泉


〇春日井市の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2/7(火)前後】

春日井温泉





◎大阪府
ボンタン湯、開催予定日 2/6(月)前後

〇大阪市の銭湯


〇西淀川区

野里の湯
八丁温泉
太陽温泉
丸 の 湯
小 春 湯
住吉温泉
ヘルシーバス松の湯
錦 湯

〇淀川区
三津屋温泉
宝 湯

〇東淀川区
昭 和 湯
若竹温泉
新菊水温泉
引 江 湯
新庄温泉
銀 水 湯
三 宝 湯

〇都島区
ゆーでるらんど都

〇旭区
神徳温泉
ニューみよし湯

〇城東区・鶴見区
しきしま温泉
寿温泉
ユートピア白玉温泉
パレス温泉
新宮温泉
新朝日温泉
七福温泉
昌の湯

〇福島区
龍美温泉
八坂温泉
宝 栄 湯
栄 湯
日之出温泉

〇浪速区
ラジウム温泉
金比羅温泉

〇東成区
大 栄 湯
八 阪 湯
生駒温泉
パール湯
白鶴温泉
鹿 島 湯
余喜温泉

〇生野区
矢柄温泉
福徳温泉
出世湯
めがね温泉
敷島湯
天竜湯
田島新温泉

〇西成区
入船温泉
日之出湯

〇阿倍野区
入船温泉
湯処あべの橋

〇住吉区・住之江区
朝日温泉
姫松温泉
辰巳温泉

〇東住吉区
つるが丘温泉

〇平野区
松竹温泉
たちばな温泉
戎 湯
大峰温泉
桐壷温泉
橘 湯
末広温泉
おーごん湯
新美濃温泉
瓜破温泉




【ボンタン湯、開催予定日2/6(月)前後】

〇池田市
城南温泉
平和温泉
五 月 湯
共栄温泉

〇守口市
大宮温泉
大枝温泉
新小春温泉
新大庭温泉
日の本湯
新 町 湯
宝来温泉

〇寝屋川市
成田温泉
勝 温 泉
新町温泉
昭栄温泉

〇門真市
巣本温泉
梅月温泉

〇四条畷市
皆様温泉

〇大東市
宮方温泉
扇 温 泉

〇東大阪市
永 和 湯
蓬莱温泉

〇柏原市
新柏原温泉
中央温泉

〇藤井寺市
鶴 の 湯

〇泉佐野市
なごみ湯
羽倉崎温泉

〇泉大津市
松之浜温泉
濱之湯温泉(株)

〇高石市
美津和温泉

〇和泉市
有楽温泉
ラジューム温




◎兵庫県

〇神戸市の銭湯
ボンタン湯、開催予定日 2月4日~6日 前後】

湯あそびひろば 森温泉
ときわ湯
幸福温泉
灘温泉水道筋
灘温泉六甲道店
湯あそびひろば 六甲おとめ塚温泉
ふじ温泉
相生湯
湯あそびひろば つかさ湯
宮本温泉
湯あそびひろば 二宮温泉
朝日温泉
湊湯
笠松湯
湯あそびひろば 芦原温泉
湯の町浴場
水木湯
東湯
ゆうゆうらんど紀の国
湯あそびひろば ゆぇ~ぶ・なぐら
宮島温泉
菊水温泉
本庄湯
萬歳湯
扇港湯
あさぎり湯
浜添湯
第一平和温泉
高丸湯
鶴の湯


〇尼崎市の銭湯

第一敷島湯
【1月末開催予定】




◎京都府

〇京都市の銭湯


【ボンタン湯、開催予定日 2月26日(日) 前後】


加茂湯
門前温泉
むらさき湯
松葉湯
笠の湯
山城温泉
龍宮温泉
長者湯
京都玉の湯
初音湯
船戸湯
旭湯
洛陽湯
銀座湯
栄盛湯
東山湯温泉
鈴成湯
平安湯
五香湯





◎徳島県

〇徳島市の銭湯

【ボンタン湯、開催予定日 2/4(土)前後】

とくしま銭湯 昭和湯





◎山口県

〇光市の銭湯


開催済/ゆーぱーく光
12/21前後




◎大分県

〇大分市の銭湯


錦温泉 (大分市)
♨ボンタン湯、開催予定日 12/21前後





◎鹿児島県 

〇阿久根市の銭湯

きみよし温泉 
【開催中~シーズンオフまで】


〇鹿児島市の銭湯
【ボンタン湯、開催予定日 2月6日(月)前後 開催】

芦刈温泉
温泉お乃湯
かいせい乃湯
鹿児島温泉時之栖
かごっま温泉
亀乃湯
霧島温泉
渓谷苑
郡元温泉
慈眼寺温泉
新川温泉
新とそ温泉
大黒温泉
"太陽ヘルスセンター"
武岡温泉
中山温泉
轟温泉
温泉錦湯
西田温泉
福助温泉
みずほ温泉
みどり温泉
みやこ温泉
湯の川温泉
吉野温泉

※ホテルニューニシノ 2月5日(日)6日(月)開催


〇霧島市 
【ボンタン湯、開催予定日 2月6日(月)前後 開催】
城山温泉
国分温泉

鹿児島空港/天然温泉足湯
♨ボンタン湯、開催終了

〇南九州市
【ボンタン湯、開催予定日 2月6日(月)前後 開催】
鏡石湯


〇薩摩川内市 
【ボンタン湯、開催予定日 2月6日(月)前後 開催】

温泉平佐城





『ボンタン湯』とは何か??全国の銭湯500軒で開催♨阿久根市ぼんたん♨

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全国の銭湯入浴料金と軒数 一覧表 (令和6年2024年最新版)

 全国の銭湯(一般公衆浴場)の入浴料金は、各都道府県によって違い、県の協議会・審議会で審議され知事によって決定されています。(※スーパー銭湯や日帰り温泉は全く別の入浴料金です。)
各県庁や浴場組合、厚生労働省の情報を独自に調べて、一覧表にまとめたものです。

2022~24年は、燃料など諸経費高騰により、今後の値上げ改定を予定している都道府県が複数あります。
改定予定の都道府県は、改定後の入浴料金が表示してあります。
赤字は、近年改定した都道府県と改定する値上げ幅です。
入浴料金は上限価格であり、その地域やその銭湯によってはこれより安い値段で営業している場合もあります。
また、お得な回数券やサウナ利用で追加料金を設けている銭湯や都道府県もあります。

各県の入浴料金の比較や浴場組合内での会議の資料とかに使えるかなと思い、作りました。
リンクフリーです。もし印刷等して使う場合は、こちらに メールもらえるとうれしいです。
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〇関連記事
・ 全国の銭湯のマップ・一覧→ 全国 銭湯・スーパー銭湯・日帰り温泉・サウナ マップ&全軒一覧
・ なぜ、銭湯の入浴料金は決まっているのか?? 銭湯と物価統制令の謎に迫る


◎全国の銭湯(一般公衆浴場)入浴料金と軒数 一覧表
銭湯・奥の細道・調べ(2024年2月更新)  
都道府県大人料金(値上げ幅)中人(小学生)小人(未就学児)
洗髪料改定日銭湯の軒数(組合員)備考
全 国 3000(1865)
北海道490 (↑10)150 (↑10)80 (↑10)2023年10月 218 (113)
青 森480 (↑30)
170 (↑20)80 (↑20)2023年4月 276 (53)
秋 田460130902019年1月 13 (-)
山 形300120801995年4月  0  (-)
岩 手480170802020年4月 13 (-)
宮 城480 (↑40)160 (↑20)90 (↑10)2023年1月 6  (-)
福 島450150902018年4月 9  (5)
栃 木460 (↑40)200 (↑20)100 (↑10)2023年2月 8  (4)
群 馬450 (↑50)200 (↑20)100 (↑20)2023年8月 18 (11)
茨 城350130701998年3月 1  (-)
千 葉500 (↑20)170 (0)70 (0)2023年12月 38 (38)
埼 玉500 (↑20)200 (↑20)70 (0)2024年4月 35 (34)
東 京520 (↑20)200 (0)100 (0)2023年7月 467 (473)
神奈川530 (↑30)200 (0)100 (0)2024年2月 120 (126)
山 梨430170702019年12月 22 (12)
長 野500 (↑60)170 (↑20)
80 (↑10)24年4月予定 31 (13)
新 潟480 (↑40)150 (0)70 (0)2023年1月 26 (21)
静 岡490 (↑40)200 (↑20)100 (↑10)2023年10月 11 (7)
愛 知500 (↑40)180 (↑30)100 (↑30)2023年4月 71 (69)
岐 阜500 (↑40)180 (↑20)
100↑202023年4月 18 (16)
三 重470 (↑30)150 (0)
70 (0)
2023年4月 24 (19)
石 川490 (↑30)130 (0)50 (0)
2023年4月 67 (37)
富 山470 (↑30)150 (↑10)70 (↑10)2023年4月 73 (51)
福 井490 (↑40)160 (0)70 (0)
2024年1月 15 (16)
滋 賀490 (↑40)150 (0)100 (0)
2023年5月 15 (12)
京 都490 (↑40)150 (0)60 (0)2022年10月 143 (106)
大 阪520 (↑30)
200 (0)100 (0)
2023年8月 400 (308)
兵 庫490 (↑40)180 (↑20)80 (↑20)2023年2月 147 (85)
奈 良480 (↑40)200 (↑40)100 (↑20)2023年10月 20 (14)
和歌山440150802019年10月 26 (11)
岡 山450 (↑20)200 (↑40)100 (↑30)2022年12月 12 (8)
広 島480 (↑30)200 (0)100 (0)2022年11月 42 (26)
山 口450 (↑30)160 (↑10)80 (0)2022年5月 17 (12)
鳥 取450150802021年4月 16 (6)
島 根430 (↑80)160 (↑30)90 (↑20)2023年5月 1 (-)
香 川450 (↑50)
150 (0)60 (0)
2023年10月 16 (11)
愛 媛450 (↑50)150 (0)60 (0)
2023年4月 27 (19)
徳 島450 (↑50)150 (0)70 (0)2023年1月 25 (13)
高 知450 (↑50)
150 (0)60 (0)
2023年10月 7 (-)
福 岡480 (↑30)200 (↑20)100↑302023年4月 32 (24)
佐 賀28013080501996年2月 1 (-)
長 崎400 (↑50)150 (0)80 (0)
2023年4月 14 (8)
大 分430 (↑50)160 (↑10)80 (↑10)2022年12月 128 (6)
熊 本450 (↑50)150802022年11月 64 (11)
宮 崎350130602008年2月 10 (4)
鹿児島460 (↑40)150 (0)80 (0)2023年12月 255 (62)
沖 縄3701701002006年2月 2 (1)


それぞれの都道府県の銭湯(一般公衆浴場)軒数と、(その中の公衆浴場組合員数)は、
一般公衆浴場数は、「厚生労働省の衛生行政報告」の令和4年度(2023年3月)の公営と私営合わせた軒数、
各県の公衆浴場組合員数は、「全国公衆浴場業者 東京都大会」資料の2022年4月現在の組合員数。
組合員数が「ー」になっている県は、すでに県の公衆浴場組合(銭湯の同業者団体)が解散している県です。


ちなみに、入浴料金が極端に低い県は、その県の銭湯の数が減りすぎて、浴場組合が解散したり実質活動停止状態になり、ここ10年以上入浴料金の審議会が開かれていない県です。


◎全国の銭湯入浴料金と軒数 一覧表 (最新版)


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新しい銭湯の歴史① 江戸から明治・大正時代の銭湯を振り返る


10月10日は1010(セントー)で銭湯の日♨
ということで、銭湯の歴史を振り返る記事を書いていこうと思います。

第1回は、江戸・明治・大正時代。第2回は、大正末から昭和初期
第3、4、5回は、戦時中と終戦、戦後の昭和、平成という感じで書いていく予定です。

 特に、戦後昭和の銭湯の歴史はまだ誰もちゃんとまとめていないので、時間はかかるかも知れませんが、書いていきたいという目標があります。間違いなく銭湯が熱湯のように一番熱かったあの時代が、銭湯の本でもわずか数ページ(酷い場合は数行)なんて!「銭湯が減った」だけの雑な捉え方で書かれるなんて!本当もったいない。

とりあえず、今回は、江戸・明治・大正時代です。

これ読んで、銭湯に興味持ってくれる方が一人でも増えるとうれしいです


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江戸時代の銭湯 『湯屋』


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豊原国周筆「肌競花の勝婦湯」 慶応初年(1865)頃  『日本裸体美術全集 第4巻』より


キーワード:伊勢の与一、戸棚風呂、柘榴口、湯女・2階座敷、入込み湯(男女混浴)

 江戸の銭湯「湯屋」の始まりは、徳川家康入国の翌年天正19年(1591)に銭瓶橋のほとりに伊勢出身の与一という者が建てた「せんとう風呂」とされる。その後、江戸の町に急速に「湯屋」は増えていった。京都や大阪は、新開拓の江戸とは違い、前時代からの銭湯「町湯」が引き続いてあり、変化発展していったと考えられる。

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湯気が充満した「戸棚風呂」 植田敏郎『裸天国 : 世界浴場物語』より

 江戸時代の銭湯「湯屋」は、下半身だけ熱い湯に浸かり上半身を蒸気で蒸す半身浴&蒸気浴の入浴スタイルが一般的で、「戸棚風呂」という戸のついた狭い浴室に入る形や、のちに登場する「柘榴口(ざくろぐち)」という狭く低い入口から入る形だった。浴室内は前が見えないほど暗く、もちろん現在に比べ給湯設備も整っておらず、お湯はかなり汚れていたことが想像できる。なので、湯上がりや体を洗う時には、洗い場の奥で「岡湯(上がり湯)」のきれいなお湯をもらい使った。

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江戸の湯屋:柘榴口や洗い場、岡湯などの様子が分かる。 式亭三馬 著『浮世風呂』より
 
 戸棚風呂に変わる形で登場した『柘榴口(ざくろぐち)』。浴槽内の熱気が外に逃がさない為の工夫で、お客はこの低い入口をかがんで浴槽に入っていった。柘榴口には、その湯屋の自慢の装飾がされていて、豪華な彫りや黒漆、金箔などが施されていてその華やかさを競ったそう。こうした柘榴口の装飾が、形を変えてその後の銭湯のペンキ絵やタイル絵の伝統に受け継がれていったのではないかと考えられる。
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左:江戸の柘榴口。右:大阪の柘榴口 の一例。 喜田川守貞『守貞漫稿』より

 江戸の銭湯「湯屋」の増加とともに「湯女(ゆな)」も増えていった。湯女とは、お客の髪洗いや垢かき、お茶や酒を振る舞ったり、三味線や踊り、枕をともにしたりと様々なサービスを行う女性である。幕府はたびたび禁令をしたが守られず、ついに明暦3年(1657)に湯女を一切禁止とし、江戸の銭湯のうち200軒を取り潰し、湯女600人を強制的に吉原に送った。その後、湯女のサービスの場だった2階の座敷には休憩所が設けられ、囲碁や将棋をしたりお茶や菓子のサービスもあり、庶民(男性)の社交場となっていた。

 また、繰り返し禁止お達しは出ていたが、男女別の入浴が徹底されていない「入込み湯(混浴)」が多く存在した。
 江戸の町には、男湯と女湯を仕切った湯屋、男湯のみ湯屋、女湯のみ湯屋、日や時間帯で男女替わる湯屋、入込み湯(男女混浴)など様々な営業形態があったそうだ。大阪など上方の湯屋は、ほとんどが入込み湯(混浴)で、禁止令が出た後も浴槽部分を男女別に区切ったのみで、他の部分はほとんど変わらないままだった。

 このように、江戸時代の湯屋は、庶民のいこいの場ではあったが、風紀面・衛生面に課題や問題も多かった。

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左:江戸の湯屋 右:大阪の湯屋  喜田川守貞『守貞漫稿』より

 上記の図から、江戸時代の「湯屋」の構造の特徴が分かる。板間(脱衣所)、流し(洗い場)、柘榴口、浴槽など大枠の配置は江戸と大阪で共通だが、前述した男女の区切りや二階への梯子、入口と土間や高坐(番台)、上がり湯などの位置や設備がかなり違う事が読み取れる。

 江戸時代は、防火上や費用の観点もあり、家に入浴設備があるのはよほど上層の者に限られていた。また、江戸の湯屋は、湯屋株という営業権を持っていないと営業できないなど、軒数や新規営業が制限されていた「湯屋仲間」。

☆江戸の湯屋は、時期によって変化はあるが、江戸時代後期で500~600軒。
☆湯銭(入浴料)は大人12文、小人10文、乳呑児8文。


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ペリーの随行したドイツ人の画家ヴィルヘルム・ハイネが描いた幕末の下田の湯屋「A public bath at Simoda」





明治時代~大正前半の銭湯 『改良風呂』


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『改良風呂』ランプもついて明るく開放的になった浴室、流しをする三助さんの姿も見える。 『東京風俗志』中の巻より


キーワード:改良風呂の登場、板張り木製、湯屋取締規則、銭湯ペンキ絵、浴場組合

 明治時代になると、銭湯の建築・開業ラッシュが起こる。これは武士や武家に使えていた者の多くが庶民生活に入ったことと、武家屋敷の売却や解体によって古い木材が非常に安い値段で大量に入手出来た状況により、銭湯の需要と供給がともに高まったからと考えられる。幕末500~600軒だった江戸の銭湯の数が、明治3年(1870)頃には東京の銭湯は1,300軒にまで一気に増えたそう。ただ、明治初期の銭湯は、まだ柘榴口などほぼ江戸時代の湯屋形式を踏襲したものだった。

 それから10年後、銭湯の歴史における「近代化」と呼ぶべき変化が起こる。明治10年(1877)頃に、東京神田に鶴澤紋左衛門という人が作った「改良風呂」(温泉地の浴室を参考に、肩まで浸かれるたっぷりの湯舟、柘榴口を廃し浴槽と洗い場の仕切り壁がなくなり、天井を高く湯気抜き窓を設置した、明るく開放的な浴室が特徴。)が人気になった。
 
 明治12年(1879)に東京府で「湯屋取締規則」が制定され、再度の混浴禁止の徹底、明治18年(1885)11月までの柘榴口の廃止と改装が命じられ、この時期に早いスピードで改築が進んで、その後改良風呂が主流となっていく。これ以降、他県でも同様の規則が制定されていった。明治30年(1897)~40年(1907)頃には、江戸時代の湯屋の形式の銭湯は、地方でもほぼ姿を消したそうだ。

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五姓田義松『銭湯』 明治期の銭湯(女湯)の様子がよく分かる。

 当時の東京の銭湯は、暁(夜明け)に開き夜半に閉まる、という営業時間で、湯舟のお湯は浸かるのが難しいほど非常に熱かったが、それでもみな我慢して入っていたそう(笑)。体を洗う時や湯上がりには、浴槽のそばに設置されていた「上がり湯」を汲んで使った。明治・大正前半までは、まだ洗い場も板張り、浴槽も長方形の木製だった。また、草津・伊香保、熱海などの温泉地から取り寄せた温泉の湯の花や原湯を入れた「再生温泉」や薬石をいれた「薬湯」なども登場し、銭湯同士の競争も激しくなっていった。
 銭湯でよくイメージする富士山の銭湯ペンキ絵が東京のキカイ湯に初めて登場したのも、この時期である。


 前述の「湯屋取締規則」の変更にともない、従来の湯屋株仲間にかわって、銭湯の同業者団体「浴場組合」が各地で結成され、業界の発展とともに統合拡大し道府県組合となった。東京では明治40年(1907)に東京市15区と南葛飾、北豊島、豊多摩、荏原の4郡の湯屋約1,000軒を統合し「東京浴場組合」が設立された。
 また、明治以降終戦の昭和20年まで、全国の銭湯は警察の管轄下にあり、開業や改装などもその都度、地元の警察に届け出を出していた。警察の銭湯に対する検査や取締は非常に厳しかったと当時を経験している銭湯経営者は語っている。

☆明治41年(1908)東京市の湯屋879軒、郡部338軒、計1,217軒。
☆当時の東京市の湯銭(入浴料)は、大人3銭、中人2銭5厘、小人2銭、流し1銭


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 銭湯の建物は、内部から常に水と熱、湿気にささらされているので、他の建物よりも劣化や老朽化が早い。営業を続けていく為には、数十年に一度大規模な改修工事が必要である。その為、この明治期に建てられた銭湯は現在ほとんど残っていない。数少ない例外として、鳥取県倉吉市にある「大社湯(第三鶴の湯)」は、明治後期創業でその後何度か増築や改修をしているが、明治期の銭湯の構造をいまに留めている。カランのない浴室や浴室レイアウトの違い、全体のサイズの小ささなど、実際に入浴したとき結構戸惑った記憶がある。だが、2022年11月をもって営業終了、うーん残念。

 また、愛知県の明治村に移築された「半田東湯」は、明治後期の銭湯の設備や雰囲気を知る事ができる。



○おまけ
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『風俗画報』明治38年3月号

 これはなんの絵でしょう?明治時代のキャバクラか風俗店でしょうか?
 いえ違います、銭湯です。東京の銭湯の2階は、明治になってもしばらくは江戸時代の名残で、男性客のいこいの場として繁盛していました。2階座敷には、美女が数人常駐していて、湯上がりに体をふいてくれたり、お茶や菓子を出してくれたり、おしゃべりしたり接待してくれます。これは明治14か15年頃の銭湯の2階を描いた絵です。男性客の楽しそうな様子が伝わってきますね。ただ、2階の座敷は、湯銭以外に菓子代や女性へのご祝儀など、多くの追加料金が掛かったそうです。その後、風紀を乱すという理由で取締を受け、明治時代の末頃にはこうした風景もほぼ姿を消したそうです。



ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。

それでは、また次回




※江戸から明治・大正時代の銭湯の歴史について、より知りたい方は※

・中野栄三 『銭湯の歴史』  雄山閣 1970年
日本人の入浴の歴史、浴場形態の変遷、江戸の湯屋、明治大正時代までの銭湯の歴史、生活風俗などが取り上げられている。現在は『入浴と銭湯』 (雄山閣アーカイブス) として入手可能、内容は同じ。

・社団法人 日本銭湯文化協会編 『銭湯検定公式テキスト』  草隆社 2009年
江戸時代から現代に至るまで、銭湯の歴史や文化、日本人の銭湯・入浴事情を幅広く解説。2020年に改訂版出てます(1と2) 1では銭湯の「歴史」「建築」「雑学」 2では銭湯入浴医学や健康法が書かれている。


上記の2冊が読みやすくオススメです♨





◎新しい銭湯の歴史

江戸時代 『湯屋』
伊勢の与一、戸棚風呂、柘榴口、入込み湯(混浴)、湯女・2階休憩所。庶民のいこいの場であるが、風紀・衛生面で課題多し。

明治時代~大正前半 『改良風呂』
明るく開放的な改良風呂の登場、板張り木製、湯屋取締規則、銭湯ペンキ絵、浴場組合

大正後半~昭和10年代(1923~1941) 関東大震災からの復興/第1次銭湯黄金期

カラン、タイル張り、現在の銭湯の近い型ができる。外装や内装にこだわった宮造り、洋館風の銭湯の登場。

太平洋戦開戦~終戦(1941~1945) 銭湯苦境の時代
銭湯にも入浴客にも様々な制限がかかり、苦境の時代。東京や大阪など都市部は空襲で焼け野原に。

昭和20年代(1945~1954)  戦後の銭湯復興期
燃料や資材不足、インフレなどの問題はあったが、銭湯の再建・再開が大いに進む。公衆浴場法制定。

昭和30年代(1955~1964)  第2次銭湯黄金期

高度成長期とともに公衆浴場への需要は高くが、全国で浴場数は増加の一途を辿る。

昭和40年代(1965~1974)  銭湯安定期
銭湯の軒数などは最高も記録しつつも、40年代後半から新規開業が止まり銭湯衰退の兆しが。

昭和50年代(1975~1984)  銭湯斜陽期
サウナ、超音波など設備の充実。家庭の内風呂が急速に普及し、入浴客の激減、地方では廃業する銭湯が非常に増える。

昭和60年代・平成初期(1985~1994) 銭湯衰退期
設備の改修や建替えが進む一方、大都市部やその近郊でも廃業する銭湯が増え、銭湯減少が顕著に。

平成(1995~) 銭湯多様化の時代
家に風呂があるのが当たり前になり、スーパー銭湯、スポーツ施設、日帰り温泉など様々な公衆浴場が増える。

令和(2019) ???






○参考文献

『守貞漫稿』 喜田川守貞
『東京風俗志』  平出 鏗二郎  富山房 1901
『裸天国 : 世界浴場物語』  植田敏郎   宮川書房 1967
『銭湯の歴史』  中野栄三  雄山閣 1970
『公衆浴場史』   公衆浴場史編纂委員会編   1972
『物語ものの建築史 風呂のはなし』  山田幸一、大場修  鹿島出版会  1986
『いま、むかし・銭湯』  山田幸一監修  株式会社INAX 1988
『全浴連三十年史』  全国公衆浴場業環境衛生同業組合 著   1990
『大浴30年のあゆみ』  大阪府浴場商業協同組合30周年記念誌編纂委員会 編  1984
『創立五十周年記念誌』 板橋浴場組合 1979
『半世紀の思い出』 池袋浴場組合 1978
『埼浴六十年のあゆみ』 埼玉県公衆浴場業環境衛生同業組合 1985
『特別展 ゆ ~お風呂の文化史~』  埼玉県立博物館  2000
『銭湯検定公式テキスト』  社団法人 日本銭湯文化協会編 草隆社 2009
『ビジュアル 日本の住まい ④近現代(明治時代~現代)』 家具道具室内史学会  ゆまに書房  2019





◎新しい銭湯の歴史① 江戸から明治・大正時代を振り返る

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日本一遠い銭湯はどこか? あなたは北海道の黄金湯に行ったことがあるか

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日常的に行くなら、家から近い銭湯の方が良いのは間違いないが、
逆に遠い銭湯、日本一遠い銭湯(一般公衆浴場)はどこなのか?調べてみました。

もちろん、どこをスタートにするかによっても遠い・近いは変わってくるかと思いますが、今回の記事では東京(東京駅)と大阪(梅田)を起点に考えたいと思います。

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◎日本一遠い銭湯→ 距離?移動時間?

まず、距離が遠い銭湯として
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〇最北端の銭湯 北海道稚内市の「みどり湯」
住所:北海道稚内市緑1丁目10-23  【 地図 】
電話番号:0162-22-4275
営業時間:15:00~25:00   
定休日:月曜日
直線距離で、東京から1,092km 大阪から1,299km

〇最南端の銭湯 沖縄県沖縄市の「中乃湯」 
住所:沖縄県沖縄市安慶田1  【 地図 】  
電話:
営業時間:14:00~19:00(最終受付18:00)   
定休日:木・日曜日
直線距離で、東京から1,539km 大阪から1,185km


北海道稚内市へは、東京から車で21時間以上、大阪からだと26時間以上かかる距離。
沖縄に車のみで行く人はまあいないと思うが、東京からも大阪からもフェリーも使って丸2日近くかかります。

この2軒の銭湯については、結構取り上げられる事も多いので、詳しくはそちらを参照して欲しいんですが、
一つ付け加えるなら、稚内の「みどり湯」は銭湯であると同時にライダーハウスの浴場も兼ねていて、また市街地にある事もあり、「最果ての銭湯」感は意外と薄いです。個人的には、同じ稚内にある「稚内温泉 童夢」(日本最北の温泉)は、地元の方も多く、露天風呂から荒ぶる日本海や利尻島も見え、「最北来た!!」感が強いので、こちらもおすすめです
Fxut3QfaIAA_L9y.jpg  Fxut3QhaIAAnKON.jpg ←稚内温泉童夢とそこから見える景色


『距離が遠い銭湯』というと、上記の「みどり湯」「中乃湯」でほぼ間違いないでしょう。

ですが、距離が遠いといっても飛行機を使えばアクセスのしやすさは格段に向上して、東京や大阪からでも最短4~6時間で最北端・最南端の銭湯にたどり着けます。

むしろ、そこよりも移動時間で必要な銭湯が日本国内にはあります。
今まで行った中で遠いなあと感じた銭湯は、例えば高知県の土佐清水市の「旭湯」や、長崎県の池島という離島にある「池島港浴場」は、飛行機使っても6時間以上はかかったと記憶しています。
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遠い(=移動時間がかかる)銭湯を調べるために登場するのが、
東京駅から日本全国への「到達所要時間マップ」 - Yahoo! JAPANビッグデータレポート



これを見ると、東京駅からの移動時間でいうと、北海道の道北・道北の中で空港や駅から離れているエリアが全国でも特に遠い(行きづらい)という事が分かりました。



その遠いエリアから、上記の『北海道 銭湯・スーパー銭湯・日帰り温泉・サウナ マップ』(赤が銭湯、黄橙が日帰り温泉等)で候補の銭湯を選出。その銭湯一軒ずつを、『乗換案内』を使い、東京駅と大阪駅(梅田)からの所要時間を計算。
※グーグル先生は、飛行機・鉄道・バスなどの乗り継ぎの検索は苦手で、なかなか正確には出ません。


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そうして、計算した『移動時間で遠い銭湯』の全国上位が以下です。

・遠別町(えんべつ) なごーみ(アクティブシニア多世代拠点交流センター)公衆浴場
・豊富町
(とよとみ) 公衆浴場「寿湯」
・幌延町
(ほろのべ)  公衆浴場 憩の湯
・中頓別町
(なかとんべつ) 黄金湯
・浜頓別町
(はまとんべつ) 公衆浴場「滝の湯」
・猿払村
(さるふつ)  さるふつ憩いの湯
・枝幸町
(えさし) 公衆浴場はまなす(←2023年3月廃止)
・興部町
(おこっぺ) 興部町公衆浴場

いずれも北海道の道北、アクセスに難有りの銭湯です。
稚内空港へ羽田空港から直通が出ているので、東京からの方が少しアクセスが良い傾向にありますが
大阪(梅田)からだと飛行機と鉄道やバスを乗り継いで、9時間前後かそれ以上かかる計算です。
※道東のエリアは遠くても意外と東京・大阪から6~8時間でたどり着ける所が多かったです。

この道北エリア、稚内のみどり湯や上記の銭湯の他にも500円前後の温泉施設が各市町村にほぼあり、
あまり注目されていませんが、実は人口比や立地から考えると異常に銭湯、公衆浴場が残っているエリアとも言えます。

ほぼ知られずに残っていた貴重なエリアという意味を込めて、
これから勝手に「道北の銭湯サンクチュアリ」とでも呼びたいと思います。

今回その中でも、「陸の孤島」ともいうべき中頓別町の黄金湯を「日本一遠い」銭湯の一つとして紹介したと思います。




◎北海道中頓別町、黄金湯への行き方。

まず、はじめに北海道中頓別町の場所ですが、この辺です。旭川と稚内の中間辺り。
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一番簡単な行き方は、旭川(空港)から車で約3時間、もしくは稚内(空港)から車で約2時間。
難しいのが、公共交通機関を利用した場合です。

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中頓別の観光サイトに、町へのアクセス方法(乗り継ぎやバス、JRの時刻表のリンクも)が載っているので、そちらを参考にしてください。町内の観光スポットや宿、店の情報も詳しく載っているので、要チェック!
中頓別町行きのバスかなり本数が限られる上に、黄金湯を目的してきた場合、帰りのバスがなくなる可能性も高いです。
ここは割り切って、中頓別町に一泊しちゃいましょう。それがベスト!
中頓別には「旅館石川」という小さな宿もあり、一泊は確か6000円くらいです。


◎実際に中頓別町に行ってみた。

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今回、札幌に用事があったので、札幌→旭川→音威子府(おといねっぷ)までJRの特急。そこから路線バスというルートで行きました。札幌→旭川→音威子府駅までが約3時間30分。
音威子府駅構内の廃線になった天北線の資料館を見たり駅周辺をうろうろしてバス待つ。

FxK-u1BaQAAfNHl.jpg FxK-u1CaIAAF0ts.jpg FxK-u1AaQAAFJvt.jpg     
やってきた路線バスに揺られ、緑豊かな一本道を走ること1時間。
目的地の中頓別に到着しました。札幌をお昼に出て、約5時間かかりました・・・遠い。
天北線(1989年に廃線)の中頓別駅が、現在バスターミナルとして利用されています。


北海道中頓別町(なかとんべつちょう)は、面積の8割が森林、産業は酪農と林業が盛んで、観光は砂金と鍾乳洞、登山などがあり、「ピンネシリ温泉」という温泉もあります。

銭湯「黄金湯」は、町の中心部、町の公共施設や商店が集まっているエリアにあります。
 
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中頓別町に来てまず驚いたのは、このエリアの食堂と焼き肉屋の多さ!!
日本の色々の所を旅してきたので、「町の栄え具合・密度」的なものは自然と分かりますが、
中頓別町の食堂や商店の充実度は、人口1600人弱の町のそれではない!!
※ただ20時前後には締め始める店が多いので閉店時間には注意。
 
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スーパーや、みんな大好き便利な北海道のコンビニ、セーコーマートもあります。


・・・旅好きな皆さんなら、もう中頓別町に行きたくなってきたでしょう。


どの店に入っていいか迷ったので、休憩がてら「ヤマフクコーヒー」という喫茶店に入って、黄金湯とめしの情報を集めます。
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店のお姉さん曰く、「どこもいい店だけど、私のおススメは『×××』かな。この町の店の人たち、愛想悪く感じるかもしれないけど、それコロナの影響で外から来た人警戒してるとかではなく、みんな元々そういう人達なの。根はみんないい人だけど、恥ずかしがりや多いのかな?」なんて笑ってた。




◎北海道中頓別町の銭湯「黄金湯」

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黄金湯(こがねゆ)は、元々1989年(平成元年)に建てられた町営の公衆浴場でした。そこが利用者減で年間数百万円の赤字続きになり、委託管理者高齢化のため、2006年(平成18年)に廃止となります。

その後黄金湯売りに出ていたのを、札幌から移住してきた元保健師の渡辺由起子さんが借りて、2011年10月10日に銭湯を復活させました。渡辺さんは当初灯油でお湯を沸かしていましたが、近隣に燃料に使える木材が多くあるのを知り、ボランティアの協力も得て、2012年末に燃料を薪に切り替えました。また、2014年からは併設の地域食堂「トントン」を開業させたり、毎月お便りを発行したり(現在も黄金湯HPで見られます)、イベントを開いたり、黄金湯を地域の方が集まれる場にしようと取り組んできました。渡辺さんが黄金湯のやろうと思ったきっかけは、障がい者の働き場所づくりと「銭湯を核とした健康増進の町づくり」のビジョンがあったからのようです。
それから10年、設備の老朽化などで個人での維持管理が難しくなり、10年の区切りとして2021年10月10日に渡辺さんは黄金湯の2度目の閉店を決めました・・・

この辺の経緯は、ブログや朝日新聞の記事に詳しく書かれています。
朝日新聞デジタル2021/10/28・地域食堂運営 渡辺由起子さん=北海道中頓別町
銭湯探訪人が行く-レトロ銭湯を求めて- 「中頓別 黄金湯」


黄金湯の事は前から知っていたので、いつか行きたいなあと思いながらも、中頓別町の遠さもあり行く機会がなく、閉店のニュースを聞き残念だなあと思っていました。そうした所、翌月驚くべき知らせが飛び込んできました!

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2021年の11月に新体制となって休業状態から黄金湯2度目の復活を遂げました!!
新体制「中頓別をあっためる会」を地元の方を中心に立ち上げ、今まで以上により多くの人が関わって黄金湯の運営していくそうです。(地元の森林組合長や、学生時代に黄金湯についての卒論を書いた縁で地域おこし協力隊として中頓別町に移り住んだ若者もメンバーにいるそうです。)


これは行くしかないと思い、今回北海道中頓別町に向かった訳です。

 
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黄金湯に入る。

フロントで入浴料を払い、脱衣所へ。非常にコンパクトな銭湯。
浴室はやや老朽化は感じるが、掃除はしっかりされてる印象。
特徴といえば、浴室が多角形で少し不思議な形をしていることと、大きな時計がある事。
本当に「フツーの銭湯」。
それこそ、銭湯マニアが喜ぶような建物の装飾やレトロ感は皆無。
シンプルな浴室、熱めのお湯が入った長方形の湯船、ただそれだけ。

・・・だが、それがいい!!!!!



よく温まってから宿に帰る前に、昼間喫茶店のお姉さんがおすすめしてくれた「三日月(みかづき)」に寄る。
ホルモンとラーメンが売りの居酒屋だ。

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乾いた喉にしみるビールとホルモン、白飯。この世にこれ以上旨いものがあるだろうか・・・いや、ない!!
旨い!!お値段もとてもリーズナブル!!
うおォン 俺はまるで人間発電所だ。


ふとカウンターを見ると、若者がボトルキープした焼酎を一人で飲んでいる。料理は一切頼まず、ずっとスマホをいじっている。しばらく経って、誰からか連絡が来たのか、足早に店を出ていく。女将さんに「・・・ん、来週また来る・・・」と言って。
ここの息子か?!

しばらくして、奥の席から食事が終わった別の男女の客が出てくる。女将さんと軽く談笑したあと「・・・あれ、財布持ってなかった。また来るね」といって店を出て行った。この人も息子か?!
ここの店、息子だらけだ!!笑

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「三日月」とても良い店を教えてもらった。また来よう。
だが、他の食堂や居酒屋、焼き肉屋も気になる・・・
非常に悩ましい問題だ。




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『銭湯と地域コミュニティ。』
銭湯の魅力としてよく語られる文脈です。

「銭湯があるから人々が集う。」
中頓別町・黄金湯の場合、
「銭湯を存続させるために人々が集う。」という不思議な現象が起きています。

一度、閉店した銭湯が一度復活すると「奇跡」と呼ばれることもあります。
ならば、2度復活した黄金湯で起きてる現象はなんと呼ぶのだろうか?

黄金湯のフロントの方の話を聞きながら、壁に飾られた黄金湯の前で撮られた渡辺さんを囲んでの集合写真を見て、そんなことを考えていました。

この黄金湯は、中頓別町にとって特別な意味のある場所である事は間違いないです。

ここで「銭湯とコミュニティとは~」みたいな文章を分かった感じで書こうかとも思ったが、無粋なので止めておきます。正直、よく分からないからです。その意味や理由を理解するには、今回一回の訪問では足りな過ぎる。

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きっと、この集合写真に写っている数十人の方達の一人ひとりにとって、この「黄金湯」の持っている意味や役割はそれぞれ違うだろうから。


また行こう、北海道中頓別町。
また行こう、黄金湯



銭湯LOVE



※最後の集合写真は解像度を意図的に落としてあります。


〇北海道中頓別町 「黄金湯」
住所:北海道枝幸郡中頓別町中頓別60  【 地図 】
電話番号:01634-6-2300
営業時間:16:00〜21:00   
定休日:火曜・木曜・土曜
<HP>


○北海道 銭湯・スーパー銭湯・日帰り温泉・サウナ マップ &全軒一覧
○沖縄県 銭湯・スーパー銭湯・日帰り温泉・サウナ マップ &全軒一覧
○高知県 銭湯・スーパー銭湯・日帰り温泉・サウナ マップ &全軒一覧
○長崎県 銭湯 マップ &全軒一覧
○全国 銭湯・スーパー銭湯・日帰り温泉・サウナ マップ&全軒一覧

 ↑文中で触れた、道北の銭湯、稚内市のみどり湯、沖縄市の中乃湯、高知土佐清水の旭湯、長崎池島の「池島港浴場」の営業情報はこちらにまとめてあります。参考にしてください。




◎日本一遠い銭湯はどこか? あなたは北海道の黄金湯に行ったことがあるか

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【新説】 沖縄県の銭湯・風呂屋(ゆーふるやー)の歴史♨

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写真左:1963年。北谷村の銭湯「謝苅湯」 出典:沖縄県公文書館  右:2023年。沖縄市の銭湯「中乃湯」 撮影:銭湯・奥の細道

沖縄の銭湯・お風呂屋さん、沖縄方言では「ゆーふるーやー」♨
銭湯の記事でも時々取上げられる事はありますが、「沖縄県は銭湯1軒しかない。」「建物が独特で」「昔はいっぱいあったらしい」ということは繰り返し書かれますが、実はよく分かっていない部分も多く、ずっと疑問を感じていました。
そこで、先日沖縄に行って、実際に銭湯に入り、史料と現地調査してきました!!

中乃湯さま、沖縄県公文書館さま、沖縄B級ポータルDEEokinawaさま、沖縄市戦後文化資料展示館ヒストリートさま、その他沖縄の皆様、調査の協力ありがとうございました!!

※沖縄県の昔や現在の資料を調べても、「銭湯」「風呂屋」「ユーフルヤー」どれも使われていたので(法律や議会の場合は「公衆浴場」)、今回記事の中では特別意味があったり引用箇所以外は『銭湯』である程度統一して書いています。

それでは、長文になりますが、沖縄の銭湯の歴史を当時の写真と史料をもとに振り返っていきましょう♨


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目次
○戦前の沖縄の銭湯
○戦後の沖縄の銭湯
○アメリカ統治下、琉球政府での「公衆浴場法」成立
○沖縄の銭湯の衰退
○沖縄の銭湯の現在
☆沖縄の銭湯の軒数の推移と入浴料金の変化
☆参考文献、スペシャルサンクス







○戦前の沖縄の銭湯

戦前の銭湯についての記録は、沖縄に限らず少ないので、まず2017年に沖縄市戦後文化資料展示館ヒストリートで開催された「沖縄市のユーフルヤー」展の文章を引用させていただきます。

 沖縄にユーフルヤーが登場したのは意外に早く、1680(尚貞12)年評定所の廻し文(回覧文)に湯屋利用の諸注意がある。那覇市西の真教寺門前から北横手一帯に湯屋が存在していたという。
 しかし、沖縄を含め、日本人は入浴の習慣はあまりなかったようで、それは神事で沐浴・禊をして身を清めてからという言葉に端的に表されているようだ。また、正月ユーフルやシチグヮチ(旧盆)ユーフルという言葉もあった。
 風呂屋は、明治期に入り増えていくが、現在のように毎日風呂に入るというのは上水道の普及まで待たなければならなかった。それまでは銭湯に行くのはまれで、池(クムイ)や川・井戸で浴びることが多く、家では手足を拭く程度であった。
【中略】
沖縄の風呂屋は登場した当初は不定期に営業し、のちに常時営業するようになったようである。建物は木造建築が多かった。
KOZA BUNKA BOX 第14号 引用



ここで、沖縄の庶民の暮らしを独特の画風で描いた神山清政氏の『やんばる古里風俗圖繪』(←素晴らしい本なので、ぜひ実際に手に取って読んで欲しい!)を見てみましょう。この本には戦前の沖縄の銭湯/ユーフルヤーについても詳しく書いてあります。
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神山清政 『やんばる古里風俗圖繪 復刻増補版』 引用


ユーフルヤーとは、字(集落)により運営を任された個人や青年団(二才団)が経営する「共同風呂」。
屋根、壁三方を茅(かや)で作った小屋の中に、浴槽セメントと底トタンの浴槽を設置した、とても簡素な浴場でした。その為、よく水漏れ等の故障も発生しました。常時営業していた訳ではなく、冬場のみ期間限定の所も多かったようです。
ユーフルヤーの運営は、個人や字の男子青年団が当番制で行い、風呂の水は河川や井戸からくみ上げ運んで使いました。その為、ユーフルヤーは河川や井戸の近くに設置されることが多かった。浴槽の半分程度水を入れ、沸き上がるまで3時間ほど。この作業工程は非効率でとても手間のかかるものでした。入浴料は大人2銭・小人1銭で、入浴料での収入は青年団の活動資金となりましたが、料金を血縁者からは取らなかったりした為、苦労の割に収入は多くなかったという。これら多くの点で、沖縄のユーフルヤーは本土の銭湯とは大きく異なります。
湯が沸き日没近くになれば、子どもが鐘を鳴らしてで集落中に知らせて回った。鐘の音を聞いた字の人々がユーフルヤーに日々の疲れを癒やしにやってきました。


戦前の『警察統計報告』の記録を調べると、沖縄県内には大正時代は90軒前後、昭和初期は150軒前後(年によってかなり数の上下動はあるが)あったことが分かっています。






○戦後の沖縄の銭湯

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写真出典:沖縄県公文書館 左:アメリカ軍による沖縄上陸作戦。  右:1945年6月。日本軍から攻略したばかりの那覇飛行場にある砲弾跡で水浴びを楽しむアメリカ海兵隊。後ろにあるのは日本軍の戦闘機。

1945年(昭和20年)、日本の敗戦によって太平洋戦争は終結する。
日本の中で唯一の地上戦を経験し、民間人、日本軍、アメリカ軍にも多大な犠牲を払った沖縄。
終戦ともにアメリカ軍はすばやく沖縄での占領統治、行政改革基礎作りを始めました。

沖縄の市民は、各難民収容所から解放され、アメリカ軍の軍用トラックに便乗して、それぞれの古里に帰郷し、新しい生活と部落の再建に着手しました。その時にアメリカ軍の空ドラム缶利用しての露天風呂が沖縄の戦後の「浴場」の始まりでした。


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写真出典:沖縄県公文書館 1945年4月26日。金武町。水路へ取水された水はまず飲料水として用いられ、次に野菜洗い用、水浴び用、最後が洗濯用。 

上記の2枚の写真に写っている水場の奥の小さい小屋。これがもしかして戦前・戦後まであった「沖縄のゆーふるーやー」ではないだろうか?前述の資料に書かれた"泉や川のそばに設置された茅で作った非常に簡易的な建物"という条件とも一致する。確証はないが。


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写真出典:沖縄県公文書館 左:沖縄本島の集落にある公共の洗濯兼入浴所。 右:1945年4月2日 洗濯をし、水浴びをする地元民。

1945年前後にアメリカ軍が撮影した当時の入浴所を見ると、設備面でも衛生面でも環境が整っているとはとても言い難いものであり、生活衛生上、『新しい銭湯』が人々の生活に求められました。
そして、戦後復興が進むとともに沖縄各地で次々に銭湯が誕生していきます。特に1950年(昭和25)前後から、各地域で数ヶ月に1軒ずつ銭湯が開業していった事が当時の新聞記事から分かります。この時期に、沖縄の銭湯は、庶民の生活に欠かせないものになり、爆発的にその数を増やしていきました。


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写真出典:沖縄県公文書館 左:1963年。北谷村の銭湯「謝苅湯」。  右:1963年。那覇 「日の出湯」。

史料調べて当時の銭湯の記録を読んだり、今回沖縄の銭湯の跡地を現地調査して気づいたんですが、
沖縄県の銭湯の、本土の銭湯と違う特徴として・・・

①小規模な銭湯が多い。
本土の銭湯に比べて規模が小さく、建物は普通の民家や商店と同じか少し大きい程度ものが多い。

②銭湯経営者は、ほとんど沖縄の地元の人。
東京や関西の銭湯経営者は、戦後に他県(北陸地方など)からやってきた方が多いのは知られていますが、沖縄の場合、他県の出身者はほぼいない。当時の公衆浴場営業許可台帳の原本を見ましたが、経営者の本籍地が沖縄以外の他県の人は(全てを確認したわけで訳ではないが)見つける事はできませんでした。
これは、沖縄県がアメリカ統治下で他県との行き来が非常に難しかった事が第一と、水資源が乏しい沖縄で貴重な水を多く使う銭湯は、前述のとおり信用がおける集落の人が行ったなどの理由が推測されます。

③設備が劣悪・問題のある銭湯が多かった。
詳しくは後述しますが、日本本土では1948年(昭和23)にできた公衆浴場法が、沖縄では1953年(昭和28)まで未整備でした。そのため、終戦直後の混乱期に、資材が乏しい時の仮浴場や不完全な浴場、前章で紹介した集落の共同浴場のような、旧「沖縄縣令湯屋取締規則」や「鹿児島縣令湯屋取締規則」に基づく許可で建てられた銭湯も多くあり、設備等に問題ある公衆浴場も多く存在したようです(※琉球立法院議事録・1953年7月13日)。


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☆沖縄の銭湯の特徴として、「浴室と脱衣所の仕切りがない」や「番台ではなく入口付近に受付がある」、また「蛇口や鏡が高い位置にある」などの他県の銭湯では見られない建物の特徴があります。その理由として、沖縄の高温多湿な気候がゆえ、と説明されてきましたが、それだけでも説明のつかない部分も多くあるので、今後その点をさらに詳しく調べたいと考えています。


1950年代1960年代の戦後復興とともに銭湯の需要と建設は増え、1958年~65年(昭和33~40)頃に沖縄の銭湯は最盛期を迎えます。沖縄県内(離島も含め)の銭湯の数はなんと311軒を記録しました。
だがその直後、沖縄の銭湯はその数を激減させ、衰退期に突入します。

※この記事の末に沖縄の銭湯の数の推移と入浴料金の変化の表があるので、参考にしてください。






○アメリカ統治下、琉球政府での「公衆浴場法」成立

アメリカ統治下での歴史は、沖縄の銭湯を語る上で非常に重要だが、全く触れられてこなかった部分です。
1945年(昭和20)の終戦後、1952年(昭和27)のサンフランシスコ平和条約までの7年間、沖縄はアメリカ軍の占領下に置かれました。講和条約の発行により日本は再び独立国として国際社会に復帰しましたが、沖縄県はその後もアメリカの施政権下におかれ、1972年(昭和47)の沖縄返還までの27年間アメリカの統治下にありました。
日本本土では、1948年(昭和23)に銭湯についての法律「公衆浴場法」が成立し、同時期に銭湯の同業者団体である公衆浴場組合が各地で結成や再度活動を始め、その後銭湯業界は発展していた歴史がありますが、沖縄はこの流れから全く別の道を歩んでいきます。

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出典:沖縄県公文書館 左:1953年成立の公衆浴場法(英文版)  右:1959年。琉球政府立法院。

1952年(昭和27)に琉球列島米国民政府(USCAR)のもとに琉球政府立法院(現在でいう沖縄県議会)が設置されました。立法院議員は沖縄の方ですが、すべての法案について、提出前と公布前に米国民政府(USCAR)に承認が必要でした。そうして議論し成立した法律の中に、琉球政府の「公衆浴場法」がありました。

琉球政府の「公衆浴場法」は、1953年(昭和28)に成立しました。すでに日本本土にあった公衆浴場法を参考にしていたもので、原本が英語で書かれている(もちろん日本語版もある)という特徴はありますが、内容自体には大きな違いはありません。ただ、日本本土版で盛り込まれていた銭湯間の距離(配置)制限は、「沖縄に当てはめた場合どの程度が適切なのか今の段階では分からない」という理由で、盛り込む事を見送られました。この時点で、琉球政府も、県内の人口密度や、銭湯の利用頻度、利用者数、営業状況をあまり調査把握できていなかった事がうかがえます。

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出典:沖縄県公文書館  「公衆浴場営業許可台帳 1957年起」 ※一部、氏名や住所や生年月日等はこちらで加工しました。

4年後の1957年(昭和32)にこの琉球政府「公衆浴場法」の一部が改正され、営業許可の手数料、公衆浴場間の距離規定(新規で銭湯建てる場合は既存の銭湯から350メートル以上離す)、また公衆浴場の営業許可を期限付にする(最大5年)についての条文が追加されました。
この公衆浴場の営業許可を期限付にしたことは、非常に注目すべき点です。
日本本土の公衆浴場法での営業許可は永久許可で、自ら廃業するか、何かしら大きな問題を起こさない限りは抹消される事はほぼありません(当時も現在もそうです)。ですが、この琉球政府版の公衆浴場法では1957年の改正によって、更新制が導入されたのです。
営業許可が更新制になった理由としては、琉球政府立法院の議事録にはこうあります。

「現在琉球で、二百六十六の浴場業者がおります。そのうちの百三十三名、丁度半分は湯屋営業取締規則によつて、旧県令で終戦直後のごたごた時代に作つたものでありますが、百三十三、半分は丁度公衆浴場法が立法された一九五三年以後にできたものは、相当立派な施設もされておりますが、旧県令で作つた浴場はまだ十分に改善されていないので、五ヵ年以内にそういうところは十分に改善をさして、そうしてさらにまた、全部改善が済んだらさらに五ヵ年以内で更新の制度を取って絶えず時代の進運に沿うようにしていきたい」

琉球政府立法院の議事録(1957年6月18日)引用


確かにこの1957年(昭和32)の公衆浴場許可台帳を見る機会がありましたが、すべての浴場に5年ないし2年の営業許可期限が書かれていました。公衆浴場法成立後にできた新しい銭湯は最大5年、古い規則で作られたり特に施設に問題があり早急な改善が必要な銭湯は期限2年にしたようで、施設に問題のある銭湯も多くある中で、施設の刷新と衛生環境向上を狙ったようです。
この公衆浴場営業許可の更新制度が、実際どのように運用されていたか、またこの制度がいつまで続いたのか、それが1960年代後半から起こる県内の銭湯の急激な減少との関連性があるのか、その点についてはさらなる調査と考察が必要です。






○沖縄県の銭湯の衰退

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出典:沖縄県公文書館  左:1969年。那覇将校婦人クラブの方が石嶺児童園に瞬間湯沸し器を寄贈している。  右:1967年。新築された琉球大学男子寮のシャワー室を視察する琉球列島米国民政府と琉球大学の関係者

1965年(昭和40)の311軒をピークに沖縄県の銭湯は急激な勢いで姿を消していきます。
その理由についてきちんと正確に語られることはなかったですが、全浴連三十年史の中で沖縄県の銭湯経営者の1972年に書いた文章にその理由に言及したものを見つけたので、引用します。

 陳情書(要点)
 全流浴場業界に於きましても本土復帰の準備作業に取り組んで居りますが、復帰の期待より不安が先に立ち、二〇〇軒有余の業者が心配して居ります。転廃業してゆくその原因をかいつまんで見ると、次の通りだと考えられます。

一、極く便利な瞬間湯沸の出現普及に依り、銭湯の利用者が激減した。

二、住宅の新築及び改築の場合は殆どが自宅用風呂を造る。

三、諸物価は年々高騰を続け、生活費は嵩む一方て、収入と出資のつり合いが保てない。

四、莫大な資本投入と稼働時間の長い割に、利潤が余りにも少な過ぎる。

五、浴場は絶えず湯気発生のため、普通の住宅等に比べて施設が長持ちせず、修理補修が多くその他、ボイラー、煙突等の取り替え等、多額の費用が必要であり、私達の調査範囲で一日の入浴人口は次の通りであった。
 ①鹿児島市で五〇〇名、②大阪で六〇〇名、③東京都で八八〇名、④沖縄では凡そ七〇名前後と推定されております。

『全浴連三十年史』 P312 引用



今でこそ、銭湯は儲かる商売というイメージはあまりないですが、昭和30年代40年代までは日本本土では、銭湯は開店すれば大勢の客が来る、確実に儲かる商売の一つでした【銭湯黄金期】。だが、沖縄の場合、入浴客数が同時期の本土の銭湯の10分の1程度と、収支のバランスの悪さや経営基盤の弱さがあったようです。それにこの後、1970年代に起こったオイルショックなどの影響で、沖縄の銭湯が湯沸しの燃料として使っていたB重油の値段の高騰がさらに追い打ちをかけました。
前述したように沖縄の銭湯経営者の多くが地元出身であり、ほとんどの浴場業者が専業ではなく兼業していたとの記録もあり、転廃業へのハードルが低かったことや、東京や関西のような銭湯同業者間での繋がりが薄かった事なども影響した可能性が考えられます。また、県内の銭湯の分布には偏りがあり、1957年(昭和32)の公衆浴場法改正時の記録では、その当時の那覇・真和志の両市内の浴場68軒のうち、35軒が隣湯の350メートル以内にあったそうです。そうした銭湯の乱立も、急激な減少と関係があったかもしれません。
上記のような様々な理由があり、全国的には1970年代後半(昭和50年頃)から起きる銭湯の衰退期が、沖縄では他の地域よりも早く1965年(昭和40)以降から、急激に銭湯の閉店が起こったと考えられます。


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出典:全国浴場新聞・昭和47年6月号  本土復帰後、全浴連総会に初めて参加した沖縄県の銭湯経営者の代表。挨拶でも現状の厳しさと本土復帰への期待がうかがえる。

1963年(昭和38)に銭湯の同業者団体である沖縄県那覇市公衆浴場業組合(任意)が設立され、各市町村単位での組合支部結成の動きが起こり、1970年(昭和45)に全流公衆浴場業組合連合会に改組した。その後、本土復帰に伴い、1972年(昭和47)7月に沖縄県公衆浴場業環境衛生同業組合が設立された。それまで米ドル(セント)だった入浴料金も日円読替え(レート:1ドル=305円)で大人五十四円、中人四十七円、小人三十六円、洗髪十一円となった。

本土復帰による行政の変化や公衆浴場組合の結成も県内の銭湯には強い追い風にならなかったようで、他県の銭湯や浴場組合から資料を取り寄せ対策を検討したり、行政に対して燃料費や設備更新の助成金の要望、入浴料金の改定要請、老人無料入浴事業など様々な努力を行ったようだが、前述した問題の根本的解決には繋がらず、1970年代、80年代、90年代と沖縄県の銭湯は減り続けました。






○沖縄県の銭湯の現在

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現在営業している沖縄県内の銭湯は、沖縄市の『中乃湯』のみになりました。

お客さんは大都市圏の銭湯と比べて決して多くはないですが、営業中はほぼお客さんが途切れることはなく、地元の方にこの中乃湯が愛されていることを感じました。
中乃湯のシゲさんは、「内地の人が時々来てくれて、とても助かっているよ」と言っていました。
実際に中乃湯に入ってみると、その独特の建築様式もそうだが、玄関の方から脱衣所を通過して浴室まで流れてくる『風』が思いのほか心地よく、沖縄の銭湯独特の入浴ができました。前のベンチで休んでいると話しかけてくれたり、お菓子くれる中乃湯の常連さんの優しさなど、確かにここでしか味わえない体験がありました。

皆さんも、中乃湯に行って、ぜひ沖縄の銭湯を体験し、シゲさんや常連さんとユンタク(おしゃべり)楽しんでください♨


中乃湯 の営業情報
住所:沖縄県沖縄市安慶田1 【 地図 】  
電話:
営業時間:14:00頃~22:00頃 ※最近営業時間のびました!   
定休日:木・日曜日
最寄り:-   駐車場あり
主な設備:湯池(湯船)、アルカリ鉱泉





◎あとがき

この記事の冒頭で書いた通り、「沖縄の銭湯」については、取り上げられる話題が毎回一緒で、まだまだ面白い未知の部分がたくさんあります。この記事をきっかけにその探求がさらに広がるといいなあと思います。

他の地域と違う沖縄の特徴としては、銭湯(一般公衆浴場)だけでなく、サウナやスーパー銭湯などのその他の公衆浴場もあまり多くないということ。この点も今後調べられたら面白いなと思っています。


今回沖縄に行った時に、入った居酒屋で「沖縄の銭湯や風呂」について調べていると言ったら、
「テレビとかで沖縄県民は風呂入らない。とか面白おかしく取り上げられる事多いけど、あれは違うから。
湯船つからないだけで、シャワーで毎日体洗ってるし、日に2,3度シャワーする人もいるから。そこは強く言いたい!!」
と笑いながら店の方が言ってました。
確かに5月上旬で気温はそこまで高くないけど湿度が非常に高く、常にじっとり汗ばむ気候。湯船で暖まるよりシャワーにザーッと汗を流したいという沖縄県民の気持ちは、数日いただけでもすごくよく分かりました(笑)


それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。

銭湯LOVE♨





☆沖縄県の銭湯の軒数の推移(明治・大正・昭和・平成・令和)
作成:銭湯・奥の細道   
西暦(和暦)銭湯の軒数特記事項 西暦(和暦)銭湯の軒数特記事項
1989年(明治31)那覇で十数軒営業
(那覇湯屋営業組合)
1980年(昭和55) 82
浴場1981年(昭和56)69
1924年(大正13)92警察統計報告より(~1939)1982年(昭和57)58
1925年(大正14)841983年(昭和58)48
1926年(大15/昭元)841984年(昭和59)41
1927年(昭和2)1901985年(昭和60)36
1928年(昭和3)1141986年(昭和61)35
1929年(昭和4)1381987年(昭和62)32
1930年(昭和5)151温泉浴場11988年(昭和63)32
1931年(昭和6)154温泉浴場11989年(平成元)37衛生行政報告
より(~2017)
1932年(昭和7)152温泉浴場11990年(平成2)37
1933年(昭和8)170温泉浴場11991年(平成3)31
1934年(昭和9)173温泉浴場11992年(平成4)31
1935年(昭和10)168温泉浴場11993年(平成5)31
1936年(昭和11)154温泉浴場11994年(平成6)31
1937年(昭和12)140?←数字不鮮明。 温泉浴場11995年(平成7)30
1938年(昭和13)1451996年(平成8)27
1939年(昭和14)1441997年(平成9)26
1940年(昭和15)1940年以降データなし1998年(平成10)24
 1999年(平成11)22
1945年(昭和20)太平洋戦争終戦2000年(平成12)21
アメリカの統治下に2001年(平成13)20
1949年(昭和24)42沖縄全島で42軒。新聞記事2002年(平成14)15
 2003年(平成15)14
1953年(昭和28)琉球政府での公衆浴場法成立2004年(平成16)15
 2005年(平成17)10
1957年(昭和32)266琉球立法院会議録より2006年(平成18)10
 2007年(平成19)7
1964年(昭和39)311全浴連資料より(~1988)2008年(平成20)7
1965年(昭和40)3112009年(平成21)2
1966年(昭和41)2402010年(平成22)2
1967年(昭和42)2292011年(平成23)2
1968年(昭和43)2212012年(平成24)2
1969年(昭和44)2152013年(平成25)2
1970年(昭和45)2102014年(平成26)1
1971年(昭和46)2062015年(平成27)1
1972年(昭和47)2032016年(平成28)1
1973年(昭和48)1902017年(平成29)1
1974年(昭和49)147沖縄返還。本土復帰2018年(平成30)1
1975年(昭和50)1402019年(令和元)1
1976年(昭和51)1252020年(令和2)1
1977年(昭和52)1182021年(令和3)1
1978年(昭和53)1102022年(令和4)1
1979年(昭和54)992023年(令和5)1
 

沖縄県は前述した歴史的な経緯により、銭湯(一般公衆浴場)の推移についての一貫した記録がない為、複数の記録を接ぎ合わせて、独自に作成しました。戦前、大正から昭和初期は「警察統計報告」。戦後は、琉球政府の記録と新聞記事などから、1964年からは全浴連三十年史から、1989年からは厚生労働省の「衛生行政報告」の私営一般公衆浴場数と全浴連資料から。太平洋戦争前後はデータがないので、空白になっています。



☆沖縄県の銭湯の入浴料金の推移
作成:銭湯・奥の細道   
 西暦(和暦)    大 人中 人小 人洗髪料特記事項
1947年(昭和22)10円8円5円女3円※B円時代
 ~1957年(昭和32)
1958年(昭和33)8仙6仙4仙女3仙※ドルへの切り替え
 ~1960年(昭和35)仙=セント。米国の貨幣単位
1961年(昭和36)10仙8仙6仙女3仙
 ~1962年(昭和37)
1963年(昭和38)13仙10仙8仙女3仙
 ~1967年(昭和42)
1968年(昭和43)15仙13仙10仙女3仙
 ~1971年(昭和46)
本土復帰、沖縄返還1ドル(100セント)=305円
1972年(昭和47)54円47円36円11円
 ~1973年(昭和48)
1974年(昭和49)60円50円40円15円
1975年(昭和50)90円80円60円15円
1976年(昭和51)110円85円65円20円
1977年(昭和52)120円85円65円20円
1978年(昭和53)140円90円70円20円
 ~1979年(昭和54)
1980年(昭和55)200円100円70円30円
 ~2005年(平成17)
2006年(平成18)300円170円100円洗髪料廃止
 ~2013年(平成25)
2014年(平成26年)370円170円100円
 ~2023年現在
 

全浴連三十年史、全国浴場新聞のデータを基にまとめました。





☆参考文献

『警察統計報告』  内務省警保局
『衛生行政報告例』「公衆浴場数」  厚生労働省
『全浴連三十年史』  全国公衆浴場業環境衛生同業組合 著  1990年
『全国浴場新聞』  全国公衆浴場業生活衛生同業組合連合会 
『やんばる古里風俗圖繪 復刻増補版』  神山清政 池宮商会 2012年
『KOZA BUNKA BOX 第14号』  沖縄市総務部総務課 市史編集担当 2018年
『近代遺跡調査報告書 : 社会 第1分冊』  文化庁文化財第二課 2023年
琉球政府立法院の議事録
公衆浴場法

☆スペシャルサンクス

沖縄県公文書館
沖縄県、戦争中、アメリカ統治下などの貴重な資料や写真を多数保管。一部はホームページからも見たり、検索出来るのでぜひ見て欲しい。史料の玉手箱や~!! 閲覧室では、司書さんに今回の記事での新しい発見に繋がる史料の存在や調べ方を教えていただき、大変感謝しております。建物もかっこいい。

沖縄B級ポータルDEEokinawa
現在営業中の中乃湯を始め、近年廃業した日の出湯、ときわ湯、旭湯の紹介記事や、今回の調査の一つのきっかけにもなった「沖縄の風呂屋はどこに消えたのか」の特集記事などは、必見!銭湯以下の沖縄関連の小ネタも面白い!今回の調査でも様々な情報やアドバイスをいただき、大変お世話になりました。

沖縄市戦後文化資料展示館ヒストリート
過去の「沖縄市のユーフルヤー」展をやっていたので、今回資料をいただき、お話しを伺わせてもらいました。沖縄市内の風呂屋の情報はもちろん、それ以外の沖縄市の歴史や展示は非常に見所が多く、基地のまち「コザ」を知る事ができました。


2023年5月作成、11月一部追記。


◎【新説】 沖縄県の銭湯・風呂屋(ゆーふるやー)の歴史

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